2011年06月01日

雑 感

 先週は、横粂議員と、吉田市長の話を聞く機会があった。
 私は、今の政治家に求められているのは、世直し、病気にかかった社会を治していく、医者のような役割だと思う。
 それをしていく上で、市民国民、市議会国会、官僚機構とどう接しながら、行政のもっている権力と金を使って、経済やくらしを治療し、再生させていくかが、問われる。
 

 横粂議員は民主党の現状を批判して離党するようだ。ただどんな勢力でも、必要なのは官僚機構を本当に国民のために働くよう、変えられるかどうかだ。民主党がパワー切れしそうになっているとしても、彼自身が与党という貴重なチャンスの中で、仲間を作って、そのために十分にファイトしきったといえるのだろうか?離党の賛否はともかくとして、このことは、忘れないでほしい。と同時に、横須賀という大地を耕し続けることも、忘れないでほしい。
 

 吉田市長はマニフェストを見直すという。実現可能性を重視するとしても、市民が求めている経済やくらしを治療し、再生させる処方箋から乖離していかないだろうか。市長は『堪忍』というが、ファィトなき、理念や戦略や一貫性なき堪忍は、『迎合』というべきものではないだろうか。よろず迎合では、何も治すことはできないのではないだろうか。
posted by BlogMaster at 08:00| Comment(0) | 日々の思い | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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